【映画:鬼滅の刃「無限列車編」レビュー】煉獄の兄貴から学ぶ「心を燃やし生きること」  

マインド

先週の金曜日、ついに鬼滅の刃の映画を見に行くことができました!

夫が何気なくアマゾンプライムで、アニメを見だしたあの日からアニメを一気見し、マンガも一気に借りて読んで夫婦ともどもすっかり鬼滅ワールドに魅了されています。

そして、映画を見に行って

ボロ泣き。

「わかっているからそんなかな?」
そういうことじゃありませんでした。マンガでもボロ泣きしてアニメで泣かないわけがない…

圧倒的な映像美、声優さんたちの迫力ある演技…

それらがスクリーンいっぱいに押し寄せてきて入場前に買ったメロンソーダも一滴も飲めずカップを握りしめながら、一瞬も逃すまいと金縛りにあったようにスクリーンを見つめていました。

人生でこんなに心を打たれ、こんなに泣いた作品は今までにありません。それくらい素晴らしいものでした。

私が一番この映画で感じたことは

「心を燃やし一瞬一瞬を大切に生きる」

ということです。

そう感じた理由を心を揺さぶられた3つのシーンからお話ししようと思います。

炭次郎が夢の中で家族と離れ離れになるシーン

無限列車に乗っている炭次郎・善逸・伊之助・煉獄さん含む200人あまりの乗客は鬼「厭夢」によって眠らされてしまいます。

そこで、炭次郎はとても幸せな夢を見ます。

家族みんなが元気で笑って過ごしている。ずっと続くはずだった日常がそこにある。刀なんか持たず、炭を作っている自分。

でも少しずつ異変を感じ始めていきます。

しょっているものは炭のはずなのに
「禰豆子」と話しかけたり、戻らなきゃと家族に言い出したり…

そして、家族を振り切り、刀と隊服を
身に着けた姿で雪の中を走りだします。

「もう全部失ったんだ」と。

「兄ちゃん…!!!」

そう末っ子が涙を流し手を伸ばしても遠ざかる背中。

炭次郎の決死の覚悟に胸が張り裂けそうでした。

幸せな世界にいたかったけど、これは夢なんだとわかったときの、炭次郎の表情も声色も悲しみと憎しみがありました。でも同時に

「絶対に禰豆子を元の姿に戻すんだ」
「立ち止まってなどいられない」

という固い意志が感じられました。

雪が降る寒い道をひたすらに突き進む姿はもう、義勇さんに初めて会ったときの弱弱しいものではなく、一人の勇ましい剣士そのものでした。

人は死に直面したときしか命の大切さを
感じることはできないと思います。

明日も明後日も変わらずに明日が続いていくと思っているし、今日もまた家族との時間は当たり前に過ごせると思っている。

だから、大切さには気づきにくいものですよね。私もしばしば忘れてしまいます。

でも

2年前の冬、3日前まで話していた祖父が
亡くなった日。

信じられませんでした。

ずいぶんと冷え込む1月、凍えるような
寒さの中で、布団で1人息を引き取っていたということ。

初めて身近な「死」に直面して、命はいつかは終わるんだ、とわかっていたはずなのに苦しくて悲しくてやりきれない思いに駆られました。

でも、祖父がいなくなって「終わり」を感じたその日、大好きだった祖父への思いで悲しくてはち切れそうだったけど

私は生きなければならない。一日も無駄にできないと思いました。

私の大好きなBUMP OF CHICKENの「ガラスのブルース」という曲があります。

「生まれてきたことに意味があるのさ
1秒も無駄にしちゃいけないよ
嵐が来ようが雨が降ろうがいつでも全力で
空を見上げて笑い飛ばしてやる」

ガラスの目を持つ歌うたいの猫が毎日りんりんと歌を歌っているのですが、猫も命あるもの、星になってしまいます。

でも、その素晴らしい歌と思いはみんなの心の中で生きていて、猫を思い出してみんなが猫の歌を歌ってくれます。

「だから僕は唄を歌うよ
僕はいつも唄を歌うよ
僕はいつも唄を歌うよ
僕は今を叫ぶよ」

いつでも全力で今を叫び続けた猫だからこそみんなの心の中で生き続けていて
「生きよう」という活力を与える存在になれたということです。

この歌からも「今を大切にするんだ」という熱いメッセージが込められています。

このように
大切な存在がいなくなったことで初めて気づく

「命の大切さ」

炭次郎は絶望の中でもそんな明日を生きる希望を折れそうな心をなんとか奮い立たせ、見出していたのだと思います。

猗窩座との対決で煉獄さんが瀕死になりながらも立ち向かうシーン

映画のクライマックスでやっと無限列車の乗客を守り切ったと思ったら、さらに強い鬼「猗窩座」が煉獄&炭次郎の前に
立ちはだかります。

そこまでで出てきた鬼とはけた違いに強い鬼。

無限列車の戦いで腹を刺され弱ってしまった炭次郎は動けずその場で煉獄さんの戦いを目の当たりにします。

いや…猗窩座、登場シーンからほかの鬼とのオーラが違う。
敵ながらめちゃくちゃかっこいいんですよね…

煉獄さんも互角に戦いを挑み続けるんですが回復能力が高い鬼と、生身の人間では限界が違う。

どんどん負傷していくんです。

そんな煉獄さんに猗窩座は

「鬼になるんだ。そして一緒に戦い続けよう」

そう誘いますが一喝。

「いかなる理由があろうとも鬼にはならない」

「老いることも死ぬことも人間という儚い生き物の美しさだ」

と力強く言い放ちます。

結局、鬼である猗窩座は生き残り
人間の煉獄さんは息を引き取りました。

でも「負け」じゃない。

煉獄さんは命の灯火が消えるその瞬間まで自分の責務を全うし、鬼にひるまずに立ち向かった。

最後の最後まで…戦い抜いた。

涙が溢れる炭次郎に

「胸を張って生きろ」「心を燃やせ」

とエールを送ります。

人間だからこそ、いつか死ぬ。

でも終わりがあるからこそ、今を精一杯生きることができるものですよね。

実は私は昔から

「どうしていつかは死ぬのに私たちは生まれてきたんだろう」

そう思うことが多かったです。布団に入って考えて寝られない日もありました。

大切な家族がいなくなることを考えたくなかったし終わりを信じたくありませんでした。自分の死も。

永遠に続いてほしいと思っていました。今もやっぱりそう思ってしまう自分がいます。

でも、刻々とこのときにも時間は進んでいて季節が変わって、歳を重ねて、老いていく。

そんな現実は嫌だし、歳をとるのは悲しいことだと思っていました。

でも

この煉獄さんのセリフを聞いてはっとしたんです。

「儚いからこそ美しい」

春に舞う桜はものの数日で散ってしまうけどだからこそ、その儚げな淡い小さな花の命を感じてたくさんの人々が桜を愛でている。

それと同じことだと。永遠の命には価値はないということ。

まだまだ私は「心を燃やせていない」と思い反省しました。

心を燃やせ

実はもうすぐまた一つ歳をとります。
でも今までのように

「なんで生まれてきたんだろう」

とはもう思わないと思います。煉獄さんの燃え滾る熱い心を思い出して。

毎日少しずつだけど今日より明日、明日より明後日…そう成長していきたいと誓いました。

「今、この時を精一杯生きる」

簡単なようで、難しいことです。

起きてしまった過去を悔んだり
まだ見ぬ未来を心配したり。

でも過去は変えられないけど、自分の行動次第で未来は変えていける。

私も
両親の離婚が受け入れられなかったり
過去転職を繰り返したり
産後うつになって苦しんだり
奨学金やローンで死にそうだったり…

思えば塗り替えたい過去ばかりです。
でも、すべて終わったこと。

これからは違う未来が待っている。
今のがんばりがその未来を左右すると
煉獄さんが教えてくれたんです。ありがとう。

「心を燃やし一瞬一瞬を大切に生きる」

忘れないで過ごそう。


ボロ泣きすぎて、持っていたハンドタオルだけでは
足りませんでした。

バスタオルくらい必要でした。

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