とにかく「働く」ことが正義だった大学生

ストーリー
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最初に。
私は母子家庭で育ちました。

小学生くらいの時から
既に父親がほとんど
家に帰ってこない状態で
中学生の時には離婚したみたい。

母は毎日働いては
疲れて帰ってきました。

でもずっとパートで収入も少なく
その頃はまだ元気だった祖父母に
支えられなんとか生きてました。

学生時代はずっと思っていました。

早く働いて
家にお金を入れなきゃいけない。
そのためにはいい大学
いい会社に入るんだ。

それを信じて疑いませんでした。

でも、
少しずつ自分の中で変化がありました。

ネットビジネスの存在を
知ったからです。

今日は大学生の頃の仕事に対する
自分の価値観から
今の価値観になるまでを
話してみようと思います。

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私立4大に進学した

私は高校生の時に
短期で初めての海外に行って
日本語教師に興味を持ちました。

それで、念願だった日本語学科がある
外国語大学に進学しました。

家から電車で2時間
(今考えると辛すぎる)も
がんばれるくらい
期待に満ちていました。

国公立大学に行く気はなかったのか
と問われると耳が痛い話ですが。

母子家庭で親に迷惑をかけたくないって
思うなら、
国公立大学で学費を抑えるべきじゃない?
実際周りに言われたこともありました。

でも、当時は絶対そこに行ってやる。
設備とか比べ物にならないほどいいし。
奨学金借りればなんとかなるよな。

そう甘く見ていました。

学費が膨大すぎた

私は奨学金を3種類借りていました。

・母子家庭の奨学金(県に申請するもの)
・日本学生支援機構 第一種 (利子なし)
・日本学生支援機構 第二種 (利子あり)

母がパート、自分が大学生、妹が高校生
となるとそれはもう…困窮の極みです。

奨学金を借りて、やむを得ずそれを
生活費にも回していく…

毎日なんとか生活していました。

その頃はちょうど祖父が
認知症を発症した頃で

施設に通うことになって
お金が必要になり
祖父母の援助もなくなっていました。

奨学金に話を戻すと
借りたのは、合計で約490万です。

大学の学費が
123万×4年間=492万

なので、
ほぼ全額奨学金で借りたということに。

この膨大な額を
後から返さなきゃいけないけど
その時は本当ーーーーに
考えたくありませんでした。

奨学金という名の借金ですしね……

授業とアルバイトに明け暮れる日々

アルバイトの店長に

大学生っていいよね、時間あってさ〜
好き放題じゃんね

と言われたことがありますが
全くもって違う。
心の底から反対したい。

時間もないお金もない
ビンボー学生でしたから…

特に1、2年の頃は必須科目ばかりで
朝9時から17時まで授業が詰まっていることも多々。

3コマ目がないとか
途中の息抜きはたまにあり
だったんですけどね…
気が抜けないんだよなぁ。

その頃のスケジュールは

6:20 起きる (駅に猛ダッシュ)
6:50 電車に乗る
9:00 学校到着
9:15 授業開始
17:30 授業終わり
18:00 近くのレストランでバイト
22:30 終わり
23:50 帰宅

大学が休みの時ももちろん
朝から晩まで。

これ本当に死んでました…
毎日ヘトヘトのぐだくだ。

朝も弱いし、遅刻ギリギリだし、
薔薇のキャンパスライフ?
何それレベル。

3年になると教育実習が入って
メンタル的にもやられてました。
きつすぎて辞めたくなりましたね…

なんでこんな生活してるんだろ
と考えることも。

でも楽しいことももちろんありました。
実習で海外に行ったり
仲間と色々な話をしたり
たまには休んで
カフェでぼーっとしたり…

忙しくてわからなかったけど、
充実はしていたんだと
今思い出すとそうかなって。

ネットビジネスの存在を知る

今つらつらと書いたように
大学生の時って
本当にがむしゃらに気合で
乗り切ってる部分も
たくさんあったんですよね。

若かったし、
がんばればなんとかなるって
夜遅くまでバイトしたりして。

よく体壊さなかったなと驚いてます。

実は3年生の時
ネットビジネスの存在を
知ったんです。

図書館で勉強している時に
あー疲れたなぁと
何気なくネットサーフィン。

「旅しながら稼ぐ」

っていういかにもなフレーズが。

あやしすぎ!!!!
でも強烈に惹かれました。

元々、一つの場所に
留まっているのが苦手な
HSS型のHSP(その時は気づいていない)
だったので新しい出会いを求めて
旅したい気持ちはいつも
心にありました。

その時、周りが就活を始めた時期でした。
それが、もうたるいんですよね。

みんな同じスーツ
同じ髪型、同じセリフ
嫌気がさしていました。

日本語教師の道は辛い
(非常勤講師からスタートなので)
のは知っていましたが

周りと一緒に就活して
行きたくもないところに行って
つまんない仕事したくない
って思ってました。

あー旅しながら稼げたら
どんなに毎日楽しいし
生きがいが感じられるだろうな…

そのサイトを見たときから
そんな気持ちばかり。

でも同時に
やっぱ怪しいよね
自分とは別世界だし無理だわな

そう冷ややかに距離を置く自分もいました。

結局行動しなかった

自分は弱い人間でした。

ネットビジネスを始めることもなく
がんばってきた日本語教師も捨てて
周りに流されました。

結局は
人と違う道に行くことが
怖かったんですよね。

周りは3年生の12月から就活を始めて
自分は遅れて4年生の4月から。

落ちて落ちて落ちまくりました。
書類すら通らないこともたくさん。

自分の価値って何なんだ
そうやさぐれて
夏休みに入った7月に一旦就活を休み
アルバイトをしまくって
気を紛らわせていました。

アルバイトすればなんとかなるし
最悪決まらなくてもいいか
なんて思うほど。

働けばお金がもらえる、
それでまぁいいか。
今思うと、ばかやろうですよ。

そんな中、秋に某ビジネスホテルに
内定が決まりました。

働けばお金がもらえるからいいは安易

ビジネスホテルに入って
心も体もやられるんですが
それはまた今度お話しようと思います。

今日長い文の中で伝えたいのは
働いても働いても雇われているかぎり
働き続けなければならないということ。

「働けばお金がもらえる」

つまり

「働かなければお金がもらえない」

ということです。

どんなに大学の宿題の締切が近くても
生理が重くて辛くても
働かなければお金はない。

体調をくずしたらそれまで。
休んだらそれまで、なんですよね。

そして、どんなにがんばっても
時給は固定されていて
1働いたら1返ってくるだけ
当たり前ですが、そういうことです。

歳とったときに
若い頃より体力があるわけではないし
バリバリ働き続けるのも限界があります。

大学生の頃は気づけませんでした。

大学行って就職して辛くても
最低3年くらい
がんばらなきゃだめでしょ。

それが自分の中で
当たり前の社会の仕組みだったんです。
常識や普通を信じ続けていました。

最近の価値観について

上で述べたように
今は大学生の頃とは
まるきり考えが変わりました。

3年の時に見た
「旅しながら稼ぐ」もずっと
心に残っています。
最初のきっかけなので。

その方は、家族で世界を周りながら
ネットで収入を得て
生活しているそうです。

好きなことをして過ごす姿は
とてもキラキラしていました。

私もそちら側に行きたい!
と思うようになって
今コツコツ勉強を続けています。

最近自分はHSPの気質があることを知り
だから新卒で失敗(さっきのホテルです)
したんだなってわかって
ますます在宅で収入を得たい
気持ちが高まってきました。

自分が母になったことも
影響しています。

育児をしていると
思うように働けないことばかりです。

24時間つきっきりで
自我が芽生え出した息子に
振り回されながら
あっと言う間に一日が終わります。

「HSP・育児中」

これが私をもう一度ネットビジネスに
向かわせた要因だと思っています。

今は息子が寝た後に
YouTubeを見て知識を貯めたり
ブログとtwitterをやったり
コンテンツ作りを再開したり…
という感じです。

まだ始まったばかりですが
きっと成功できるなと思っています。

自分が思うような人生を描けるように
今から動いていきたいです。

ネットビジネスを始めたばかりの人と
一緒にがんばっていきたいと思います。

ぜひ、twitterでお話しましょう!
HSPのママさんは特に…

それでは今回はこの辺で。

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