わたしのこと

しゅくる
しゅくる

はじめまして。当ブログを運営しているしゅくる@kwc_yui3といいます。

ここでは私の自己紹介と当ブログについてお話ししようと思います。

私の現在ですが、夫と8か月の息子と暮らす27歳の主婦です。

今では家族3人で幸せな日々を送っていますが、夫に出会うまでの私はお世辞にも言えないほどの苦しい日々を過ごしていました。

・母子家庭で育ち、コンプレックスがある。
・見た目に自信がなく自己肯定感が低い。
・目立つのが苦手で、話すのも不得意。
・特に男性と話すと緊張してしまって何も話せなくなってしまう。
・男性に触れるのが怖い。
・「どうせわたしなんか幸せになれない」が口ぐせ
・幸せそうな友達を見て落ち込んでしまう。

こんな感じで一言でいうと、かなりネガティブでした。

いつも周りの目を気にして、できない自分はだめな存在だと責めてばかり。自己肯定感なんてこれっぽっちもありませんでした。

このままネガティブで過ごして人生楽しくなくて、他人の幸せを横目で見ている自分でいいんだろうか。やっぱり幸せになりたい…夫との出会いが私を変えました。

今は今までで一番「自分が好きだ」と思えています。そう思えるようになった過程を話そうと思います。

生い立ちと家庭環境

1992年生まれの現在27歳です。長女として生まれました。厳しくも優しい両親、祖父母に囲まれて幸せな幼少期を過ごしました。

公園で走り回って、四葉のクローバーを見つけたり、どろんこになって遊んだり、おたまじゃくしをつかまえて遊んだり…(田舎者です) アンパンマンやセーラームーン大好きなどこにでもいる活発な女の子でした。

アルバムをめくると、いつも家族は笑っていて、自分も屈託のない笑顔をカメラに向けていて、何不自由ない幼少期だったなと思います。

それは、だんだんと壊れていっていることも気づかずに。

あるときから父は帰ってこなくなりました。母に聞いてもいつも「帰ってくるよ」と言うだけでした。私の長い髪を乾かしてくれ、おいしいオムライスを作ってくれた父を待ち続けました。

でも

父が戻ることはありませんでした。小学生が終わると同時に、両親と妹と4人で暮らした思い出のマンションを出て、安い借家に移り住んだあの日をよく覚えています。

そのころは、個人情報があまり厳しくなかったころで、小学校ではいつも「連絡網」の紙が毎年クラスが変わるごとに作られていました。

両親の名前、連絡先が書かれている紙…母は嘘をついていました。もう出ていってこの家にいない父親の名前を載せ続けて。小学校の友だちやクラスメイトには、「お父さん全然見ないよね」とかさらには心なく、「本当にいるの?」と言ってきた子もいたほどです。

幼い自分にとって、父親がいない苦しみは相当なものでした。ほかの子と比べて「両親がそろっていないと幸せじゃない」そう思うようになってしまいました。

見た目に自信がなかった中学時代

小学生からの性格はそう簡単に治せるものではなくて、中学時代でももちろん

「他人と比べて落ち込んでしまう」という性格がつきまとっていました。

他人と比べてしまうと、自分はだめなんだ…と自信がなくなり、引っ込み思案になってしまいます。中学時代はだいたい周りの人に「大人しいね」と言われていました。それでも一緒にいてくれた友だちに今でも感謝しています。

中学生になると、気になるのは異性のことですよね。○○くんと□□さんが付き合ってるんだって!あの子絶対好きだよ。そんな話ばっかりしていた気がします。友だちとの手紙のやりとりのテーマも大体が恋愛のこと。私も当然、興味がありました。

そして、中学2年生のころ気になる人ができました。同じ班のTくんでした。ななめ後ろの彼と話す時間はとても楽しかったことを思い出します。でもそこで衝撃的なことを言われるまでは。

「お前、ビーバーみたいだよな!(笑)」

そう、私は出っ歯だったんです。前歯の2本が大きくて出ている状態でした。その夜、ショック過ぎて泣きました。ああ、やっぱり顔が大事なんだ。出っ歯なんてかわいいわけがないと。

初めての彼氏ができた高校時代

中学生で見た目を気にするようになってから、他人にどう思われるかをいつも考えてしまう日々でした。

それでも、高校時代には彼氏ができました。同じ中学だったIくんです。高校に入ったときに、連絡が来て「好きだった」と言われたんです。

初めてのことってやっぱりうれしいものですよね。付き合うことにしました。(あっさりすぎるけど若かった) 高校は市内の別の学校だったので、あまり会えなかったですが、都合が合うときは一緒に帰ったり、しゃべったりしていました。

初めてのキスも彼でした。日の落ちそうな河原がきれいだったこと、今でもはっきり覚えています。

しかし、大学受験で忙しくなると次第にすれ違っていきました。

恋愛に臆病になった大学時代

高校時代に「日本語教師になる」という夢を見つけてからというもの、それを叶えるために勉強をし、大学生になってからも、必死に勉強を続けました。

高校時代の彼とは終わりを告げた

大学に入ったくらいのこと、まだ高校時代のIくんとは連絡はとっていました。だらだらと付き合っていました。就職して、免許をとった彼の車に乗せてもらって、デート…ではなく、いつも漫喫でした。そのころから彼はマンガとアニメにはまっていたようで、口を開けばその話ばかり。

デートがしたいな…もっと買い物とか、水族館、映画館とかさ…いつもそう思っていました。でも言えませんでした。合わせていたから。嫌われないように。

そしてあるとき、したいと言われ、怖くなって逃げ出してしまいました。

「別れようか」「ごめんね」

ある日、いつも会っていた河原で話しました。

4年間。終わるのは一瞬でした。

ダメンズしか出会わなくなってくる大学生活

それからというもの、恋愛に対して、億劫になっていました。それを紛らわすように勉強と吹奏楽、アルバイトをしていました。

でも寂しさがあったと思います。素敵な彼がいる友だちが増えて、外国語大学だったので外国人の彼と付き合っている友だちもいて、焦っていました。

そのころ、4人と出会いました。中学の同級生・バイト先の先輩・ネットコミュニティで知り合った人・オーストラリア人…でももって半年ですべて終わりました。

お世辞にもそれらはすべて素敵な恋愛をしたという経験ではありませんでした。いい思い出はあまりないかもしれません。

そのころの恋愛傾向を思い出すと、

・雰囲気で付き合ってしまう
・自信がなく、セックスを拒む
・でもこの人しかいないと思ってしまう
・精神的にぼろぼろになる
・別れて落ち込む

という繰り返しでした。

夫に出会う

大学生活が折り返しを過ぎたころ、あきらめかけていた私は仮想のバーチャルゲームにはまっていました。

ゲームの名前は忘れましたが、金髪の王子様が毎日「好きだよ」「きれいだよ」って言ってくれるものです。

授業が終わったら、アルバイトが終わったら、寝る前にいつもやっていました。心のよりどころでした。そのゲームをしているときだけは、「自分は愛されているんだ」と思えたんですよね。(今考えるとかなりやばいやつなんですが、本当にそれが生きがいのようになっていたんです。こわい)

あるとき、何気なくfacebookを見ていて、みんなのキラキラに嫌気がさしていたら、ある広告が目に留まりました。ペアーズというマッチングアプリの広告でした。

「会員数1000万人!毎月8000人以上に恋人ができている恋活・婚活のためのマッチングアプリ」

気づいたら登録していました。

何人かとやりとりをしたり、会ったりしていました。1年くらいアプリを使って色々と学ぶことができました。

そこで出会ったのが現在の夫です。2014年、大学4年になった春でした。

自分磨きをするようになった

夫とは、3か月くらいマッチングアプリを通して、連絡を取り合っていました。そのとき、ほかの3人ともやりとりをしていましたが、夫だけ極端に返事が遅かったのが印象的でした。

そして、初めて会ったときは写真で見たとおりの優しそうな青年でした。

お昼を食べて映画を見て帰る、高校生のような初々しい初デートでした。その後、お礼のラインはありましたが、次の約束を聞いても2週間くらい音沙汰がありませんでした。

ああ、失敗した…そう思いました。

「いい感じだなと思ってたのにな。仕方ないよね…でももっと自分がきれいだったら…」

そんな思いでグーグル先生に色々なことを聞く毎日。

そんな時、LCラブコスメに出会いました。学生時代から化粧に関してはとても疎かったので、どうすればいいか正直わかりませんでしたが、もう一度だけ会いたい。その時は、万全な自分でいたい。そう思うようになりました。

精神的に支えてくれた

初デートから3週間が過ぎたころ、2回目のデートをしました。(自分にとっては長すぎた…)

夫は自分の1個上だったので、ちょうど就職したばかりで、慣れない日々の中大変だったようでした。会ったときは、コスメのおかげで少しだけ自信を持つことができていました。

その翌年卒業して、新卒のホテルに就職しました。ちょっと変わっているとは思いますが、25時間勤務の2日休みという特殊なシフトでした。

まとめて働けるということにひとつの魅力を感じ、就職しましたが、実態はブラック企業でした。

・30時間になることもある
・先輩が帰らないと帰れない
・ノルマが達成できないと1週間外掃除させられる
・仕事量が多く、仮眠できない

など、信じられないことばかりで次第に追い詰められていきました。出勤しようとすると吐き気がする、接客の声が小さくなって委縮する、ノルマ達成できずに責めたてられる・・・本気でその場からいなくなりたいと思いました。

そして、ここでも中学時代を思い出すことがありました。都会のビジネスホテルなので、人も多く夜には酔っ払ったお客さんも多く来ました。そこで、一人の男性に会員カードの入会を勧めたところ、

「は?入るわけねーし。って出っ歯だな(笑)」

思わず反射的に声も小さくなった途端、すかさず

「え?聞こえないからね~?なんて言ってるのかな?」

もう、今すぐ制服を脱ぎ捨てて帰ってしまいたい衝動に駆られました。自己肯定感なんて微塵もなくなっていました。

「もう無理だ。消えたい」

そんなぼろぼろの私を救ったのは、夫でした。

「一人じゃないよ。」

口数が少ない夫ですが、電話越しにそう言ってくれました。

夫と結婚して幸せをつかめた

それから2年後、夫と結婚しました。夫には家庭環境のこと、たくさんの奨学金があること、コンプレックスがあってどうしようもないこと。それらをすべて包み隠さず打ち明けました。

黙って聞いてくれた夫は最後に

「結婚しよう」

そう言ってくれました。今までの嫌な思い出がふわっと旅立っていく心地がして、自然と涙がこぼれてしまったのを思い出します。

「そのままでいいよ。しゅくるちゃんは、かわいいよ。」

たった一人、大切な人にそう言われるだけで、明日も生きよう…大げさかもしれないけど、そう思うことができました。

おわりに「誰でも幸せになる権利がある」

みんなそれぞれ、色々な悩みを抱えながら生きています。それは、人にとっては些細なことだったりするから、わからないこともあって。

でも、その見た目や家庭環境、性格…色々なコンプレックスはずっとつきまとってきて、自分を苦しめてしまうと思います。

長いトンネルに取り残されたみたいに。

でも、少しずつでいい。行動を起こして、「自分はこれでいいんだ。大丈夫だ」そう自分自身を認められるようになっていくことで、自己肯定感が上がって、大切な人に出会って、愛し愛されるようになっていくはず…それを今まで恋愛に苦しんだ自分の経験が教えてくれました。

・幸せは考え方から作られる。
・自分はありのままで素敵だし、人と比べることじゃない。
・自分を好きになれば、素敵な人が引き寄せられる。

ということを私は信じています。

「結婚しなくてもいいこの時代に、私はあなたと結婚したいのです」

これは、いつかのゼクシィのCMのフレーズです。そんな心から大切な人と出会えるように。そして、その幸せがいつまでも続きますように。

このブログは過去、自分と恋愛に自信がなく迷って悩んで苦しんだ自分に向けて、そして、今同じような状況の方の心に寄り添うものでありたいと思っています。

ここまで、長い文をお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

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