プロフィール

こんにちは。はじめまして。
あおといいます。

ここでは、私のプロフィールをお話ししようと
思います。

今やっていることや、私の状態を簡単に説明すると

・本業は外国人に日本語を教える日本語教師
・副業として2017年にネットビジネスを始める
・HSPと気づいて心が楽になった
・育児と家事・仕事を両立しながら楽しく過ごす
・自分で稼ぐ感覚をつかみ自己肯定感が上がってきた

という感じです。

しかし、もともと自己肯定感が低く内向的で
お金がないことがコンプレックスで
仕事も育児も人間関係も上手くいかない
だめだめな人でした。

でも、
・HSPとヒュッゲの考えに出会った
・ネットビジネスに出会った

この出会いが私の人生を大きく変えました。

今では
自分が心地よく過ごせるような
方法を見つけることができ
毎日月収600万円のビジネスの先生の講座を受けたり音声学習をしたりして、毎日が新しいことの連続。

いつも何をやってもうまくいかず
泣くことが多かった人生が変わってきたのを
実感しています。

今日はここまでに至る私のお話をしていこうと
思います。

生い立ち:幼少期「人からどう見えるかを気にする内向的な自分」

名古屋にもアクセスのいいほど良い田舎の
岐阜県に生まれました。

どこにでもあるような普通の家庭の
長女として。

大好きな両親と、祖父母と何不自由なく
暮らしていました。小学生になるまでは。

小学生になるころ、両親が対立するように
なりました。毎日怒号が聞こえ、
ばんっと何かがぶつかるような大きい音。
ぴりぴりとする日々。

原因は、父の金遣いの荒さでした。

母に相談もなく勝手に車を買ってきたり
パチンコで所持金全部溶かしてきたり
そのくせ仕事も長続きせず、転々とし
徐々に家庭は傾いていきました。

そして小学校高学年になって
父は私たちの目の前から姿を消しました。

それからというもの
母と妹との3人の生活が始まりました。

祖父母の援助のおかげもあり
なんとか生活はできていたものの
自分の中で「父親がいない」
その劣等感は私の性格に影を落としました。

幼少期は男の子とも混じって遊べるような
田んぼでおたまじゃくしをすくって
手を泥まみれにさせて帰ってくるような
活発な子でしたが、だんだんと
内向的になっていきました。

生い立ち:中学生「自分に自信が持てない日々」

父のことに加えて、その頃から自分の
見た目を気にするようになりました。

出っ歯だったからです。

前の2本が大きく出ていて、笑うとすぐに
わかります。

だから中学生になってからは
写真に映るとき、話すときいつも
口を隠していました。

そんな私にも実は
同じ班で好きな男の子がいました。
サッカー部で話し上手な明るい人でした。

でも、その人に言われた言葉が
今でも忘れることはできません。

それは
「お前、ビーバーみたいだな(笑)」
ってこと。

その日からああ、そうやって思ってたんだな
と、こっそりと振られたような気持ちで
家に帰ってから、一人泣きました。

弱っちいです。ほんと。
きっと、彼の自分にない「明るさ」に
憧れていたのかもしれません。

それからというもの
授業の発表のとき、誰かと話すとき
嫌で嫌でたまらなくて
「誰かが私を見て笑っているんじゃないか」
そう勝手に思い込んでいました。

そこから、人と話すことがつらくなって
いきました。

・家庭環境
・見た目

そのコンプレックスは私の内向性に
拍車をかけていたようです。

自分の自信なんかこれっぽちもなく
自己肯定感もゼロでした。

生い立ち:高校生「部活が心の癒しだった日々」

そんな自分も高校生になって
少しずつ変わっていきました。

吹奏楽部に入って周りに恵まれました。
音楽好きな気の合う人たちと部活に
励む日々。

余計に話すこともなく、集中して
個人練習をしたり
パート練習をしたり
全体で音を合わせたり…

今、考えると
過剰なコミュニケーションではなく
音を通して、周りと心を通わせる
そんな環境が心地よかったんだと
思います。

話すのが苦手でも溶け込める世界でした。
高校、大学と7年続けました。

生い立ち:大学生「とにかく働くアリになる」

相変わらず、見た目には自信は
持てませんでしたが、幸せなことに
大好きな吹奏楽をして
希望した大学でやりたいことをする
生活の中で、少しずつ「見た目」の
コンプレックスは和らいでいました。

しかし

私立4大に進んで
母子家庭とわかっていても
どうしてもあきらめたくなかった私。

お金の問題が立ちはだかりました。

そんな中、大学にいたある日
母からの電話で
父親が亡くなったことを知らされました。

その頃、援助してくれた祖父も
同じくらいの時期に認知症を患い
家庭はさらに火の車になっていきました。

「働くしかない」
「バイトしてお金稼いで母を助けなきゃ」

その思いでいっぱいでした。

毎回の年間120万円の学費は
多額の奨学金・週6のパン屋と
レストランのバイトで
なんとか自力で払いました。

毎日7時前の電車に乗って2時間の
道のりを通学して
授業を受けて、夕方から6時間のバイト。

休日も惜しまなく働きなんとか4万を家に入れる。
そんな日々でした。

私は
「働いていい会社に入ってお金を稼ぐ」
それが正義だと思っていて
そのためなら、身を削っても仕方がない
と思っていました。

キリギリスのようにぼんやりするのは悪で
「働かざる者、食うべからず」

アリのようにそうやって必死に
働きつづけ、動き続けました。

それゆえ
勉強はもちろん、バイトも吹奏楽も
多忙な大学生活で、あっという間でしたし
今、覚えてないくらい目まぐるしい4年間でした。

新卒で大失敗をする

「いい会社に入ってお金を稼ぐ」

それが砕け散ったのがこの新卒時代でした。

新卒1年目はまず大手のビジネスホテルに
就職しました。

1日25時間働いて2日休みという特殊な形態の
勤務で、1日がんばれば休めるし正社員だから
安定して仕事ができる…そう楽観視していました。

でもそんなに現実は甘くありませんでした。

・25時間以上で残業あたりまえ
・先輩より先に帰れない空気
・会員獲得のノルマがある
・ノルマ達成ならずだと玄関掃除
・新人がいつも朝礼の担当
・マルチタスクで死ぬ
・休日出勤あたりまえ
・仮眠すらとれない

という状況でした。

特に辛かったのが
・マルチタスク
・会員獲得

でした。

今、HSPということを知ったうえで
考えるとわかるのですが
HSPである自分にとってかなり
過酷な労働環境でした。

深く考えることで、あれやこれや
思考するうちに次の仕事が降ってきて
結局作業スピードが遅くなり
マルチタスクができないこと。

そして
相手に対する共感力が大きすぎて
会員獲得のための勧誘がどうしても
できないこと。

その2つによって
支配人からは毎回呼び出され
みんなの前で怒られ
「仕事ができない」レッテルを
張られてしまいました。

何回も何回も会員獲得ができず
冷える朝に一人で玄関掃除をするのは
孤独で、耐え難い時間でした。

「こうやって辛くても生きていく限り
働いていかなきゃいけないんだよな」

そう自分に言い聞かせていました。

でも
結局長くは続かず4か月で退職。

その後も職場を転々とし
単発バイトで食いつなぐ日々。

働く意味も
生きる意味も

失い始めていました。

ホテルを辞めた夏。大好きな
BUMP OF CHIKENの「ギルド」を
聞きながら一人部屋でうずくまっていました。

「汚れちゃったのはどっちだ。
世界か自分のほうか」

「その場しのぎで笑って鏡の前で泣いて
当たり前だろう 隠してるから
気づかれないんだよ」

職場では、努めて笑顔でいました。
「弱い自分になりたくないから」

でも、弱かった。

ネットビジネスに出会う

自己肯定感もやっぱりゼロに元通り。
自分の価値ってなんだろう。

そう思う毎日。

転機は2017年の春でした。

スマホを見ていたら

「パソコン1つで自由に稼ぐ」

そんなサイトを見つけました。
最初は「は?」って感じでした。
よく見る胡散臭いやつだと。

怪しいし、どんな人かも
よくわからないし…

はじめはそんな気持ちでいっぱいでした。

でも、転職ばかりで
お金もなくて、家庭も辛くて
どうしようもなかった私はそのサイトを
くまなく見てみました。

すると、その方(Hさんとします)は
BUMPが好きだというじゃないですか…

そして、ブログを読めば読むほど
面白い。上にためになることばかり。

メルマガを購読してみることにしました。

BUMP好きな人に悪い人なんていないよな
と本気で思うくらいなので(笑)

そしてやっぱり
ブログと同じように読みやすいし
面白い…気づいたら夜だったこともありました。

それくらい没頭して読みまくり
たった数日でHさんに好感を持ち
ファンになってしまったのです。

それからメルマガに案内があった企画に
参加し、東京で会うことに。

そこには異次元の世界が広がっていました。

5人くらいが集まってビジネス・FX
(企画はFXの自動売買ツールでした)
について、真剣に話し合っている。

今まで、味わったことのない空間でした。

そして何より、ファンになってしまった
Hさんが目の前にいる!本当にいる!

ということが信じられませんでした。

暗闇に戻ったノウハウコレクター時代

そこから歳は流れ
2018年。

私は妊娠でその時の会社を退職しました。

Hさんのメルマガは読んでいましたが
そこからFXがうまくいかなくなったり
妊娠してばたばたしたりして
ネットビジネスから距離をおいていました。

2018年のGW。
結婚して引っ越しして妊娠して退職…

お金の問題は常に抱えたまま。

「このままではいけない」

そう感じ、その時から
ブログとTwitterを開設。
そして、オンラインサロンに入りました。

でもそこから始まったのは
暗闇のノウハウコレクター時代でした。

何をやっていいのか全く分かりませんでした。

そのオンラインサロンは
・ブログで月5万円
・Twitterのフォロワー1000人

という2つの目標を掲げるものでした。

しかし
もうすでに収益化している人がたくさんおり
ブログだけではなく

・インスタグラム
・ピンタレスト
・Youtube
・アメブロ
・note

というような様々なメディアで
無数の話題が繰り広げられて
次第に色々なノウハウだけが自分の中に
溜まっていきました。

でも、それをどう生かせばいいか
何をすれば、自分の強みは何か…

わからなくなりました。混乱しました。

そして、大勢がいる中で発言もしにくく
次第にROM専と化してしまったのです。

知識だけ持っていても、何をすればいいのか
わからなければ、ただの宝の持ち腐れ。

増えていく有料noteの履歴が
ただの記号に見えてむなしく思えました。

挫折を経て、また光が見えた

1年間オンラインサロンにいましたが辞めました。

また転機がやってきたからです。

絶望的だった私ですが、Twitterを眺めているときに
一つの長いツイートが目に入りました。

その人が言うことは今までの私の常識を覆すものでした。
(Lさんとしておきます)

私の今までの考えを打ち砕いてきたんです。

オンラインサロンにいたときの自分は
なんとなくブログやTwitterをやって
人を集めているにすぎないと知りました。

Lさんは「ビジネスとは何か」を教えてくれました。

そのツイートを見てから
Lさんのツイート、メルマガ、youtubeを見まくりました。

教材も買いました。

どれも今までの私の知識とは違うことで
次々と塗り替えられていったことを思い出します。

Lさんはよく言っていました。

「知識は誰でも手に入れられる。それを学び実践すればいい」と。

そして

ビジネスの根幹である

「集客・教育・販売」の軸を教えてくれました。

そしてもう一人
いつか会ったHさんともう一度話す機会がありました。

Hさんはすでに月収600万円に達していました。
3年前から彼は進み続けていたようです。

HさんにLさんからの学びから気づいた
ビジネスの根幹や基礎を話す中で

「苦しかった1年はそれを気づく1年だったんですよ」

そう温かい言葉をHさんはかけてくれました。

そして
私は驚きました。
LさんとHさんは同じことを言っていたからです。

ああ、そうか。

稼いでいる人のマインドや基礎などの根っこの部分は同じなんだ。

そう気づきました。と同時にもっとビジネス
を学び、現状を変えていきたいと強く
思うようになりました。

そして、その頃2冊の本との出会いもありました。

・「繊細さん」の本
・ヒュッゲ365日「シンプルな幸せ」のつくり方

この2つです。

「繊細さん」の本から自分はHSPなんだと気づいて
深く考えたり、共感しやすく涙もろかったり
些細な刺激に敏感だったり…今まで辛かった出来事が
HSPに由来する生きづらさだったことを知りました。

父親の立てる大きな音が怖かった
母が怒鳴られているところに委縮していた
人前に出るのが苦手だった
内向的で吹奏楽だけが癒しだった
マルチタスクが苦手だった
共感して泣くことが多かった

など、数えきれないほど
HSPに当てはまっていて自分が
生きてきたことが肯定されたような
パズルのピースがかちっとはまるような
そんな感覚でした。

そして
ヒュッゲの本。

ヒュッゲとは、デンマークで使われている言葉で
「心落ち着く時間や物事」のすべてを指します。

例えば
気の合う友達と話したり
コーヒータイムで落ち着いたり
お風呂につかってリラックスしたり
冬の寒い日にこたつで丸まったり
家族と楽しい休日を過ごしたり

大好きな人と心温まる
リラックスできる状態を作る

それがヒュッゲだそうです。

そんなデンマークの幸せのかけらを
知って、今までの私の悩みはちっぽけだったな
そう思うようになりました。

父親がいなくて普通の家庭に憧れて
お金がなくて働くしかなかったのに
挫折をして、何もかもうまくいかなかった。

でも、そんな日々の中でも
小さな幸せは思い出してみると
たくさんありました。

その時は、見失っていたから。

ヒュッゲが「日常の小さな幸せ」を
思い出させてくれたんです。

この
HSPとヒュッゲは今の私を作る要素だと
思っています。出会えてよかった。

現在の私

現在は1歳の息子の育児と在宅で本業をこなしつつ
ネットビジネスについて猛勉強しています。

同時にHSPとして無理をせず、心地よく
生きられるようにバランスをとりながら。

そして、Hさんの企画に参加したり
音声学習をしてインプットをし
ブログを書いてアウトプットをする日々です。
話すのにもっと慣れるためにもラジオもやっています。

それを続けているうちにネットで自分の思いを
発信する「楽しさ」を感じるようになりました。

きっと、Hさん・Lさんに出会っていなければ
見えなかった世界だと思います。

これからネットビジネスでもっと収益を
あげられるように成長していきます。

私の夢と目標は

・HSPがリラックスできるカフェを作ること
・家族と幸せに生きること
・家族に恩返しをすること

です。

そのために、今日も勉強を続けたいと思います。

私と同じように

・母子家庭でお金がない
・人間関係が辛く仕事が嫌
・HSPで生きづらさがある
・育児と仕事のバランスが難しい

そんな方に向けて心が軽くなるような
元気を与えられるような発信をしていきます。

そして、育児をしていてもHSPでも在宅で生き生きと
自分らしく働けるんだよってことを自分が
まず証明していきたいと思います。

「辛いにプラス1してそう、幸せつかみ取れ」

大好きなワンオクロックの努努(ゆめゆめ)
という曲のフレーズです。

辛いことはいつまでも続きません。プラス1するだけで、自分が少し変わろうと
思うだけで幸せになっていくものです。そう信じています。

これを読んだ方が幸せになりますように。

そんな願いをこめて、この記事の執筆を終えようと思います。

長い文章をお読みいただきありがとうございました!

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