孤独だった私の心を溶かしてくれた「しあわせのパン」

ストーリー

今日は「しあわせのパン」という
映画のお話をしようと思います。

2011年に公開された
原田知世さん、大泉洋さんが
主演の映画です。

映画「しあわせのパン」 予告篇

舞台は北海道月浦。

移り変わる四季が美しい街です。

今日、アマゾンプライムで
ちょうど見つけて見たかったんだ
と思い出した映画です。

でも多分
今、これを見るちょうどいい
タイミングだったんだと
映画を見終わったときに
しみじみ思いました。

公開された2011年は私が
大学に入学したころ。

その時にはまだ
こんな気持ちにならなかった
そう感じています。

今回はこの「しあわせのパン」が
教えてくれた大切なこと

「自分は誰かを照らせる存在になれる」

そんなお話をしようと思います。

「しあわせのパン」のおはなし

原田さん演じる、りえさんと
大泉さん演じる、水縞くん。

二人は豊かな自然に囲まれた北海道月浦で
カフェを営む夫婦です。

りえさんが淹れる温かいコーヒーと
水縞くんが焼く焼きたてのパンが
訪れる人たちを癒していきます。

いつものおじさん、郵便局員さん
ガラス作りのマダム、近所の農家の家族

そんな仲間たちに囲まれて
今日もふたりはカフェ「マー二」を
開きます。

移り変わる季節の中で
新しいお客さんが訪れます。

彼氏に沖縄旅行をドタキャンされて
やけくそで北海道に来た女性。

両親の不仲で、家族がばらばらに
なってしまい父と子で暮らす親子。

月浦に思い出があるという
銭湯を営んでいる夫婦・・・

みんなそれぞれに
このカフェに引き寄せられていました。

それぞれに「孤独」を抱えながら。

でも

りえさんと水縞くんの紡ぎだす
温かでやわらかで優しい雰囲気と
おいしい食を通して
みんなは気づいていきます。

「ひとりじゃない」と。

そして
それぞれの帰る場所に
帰っていきます。

温かいぬくもりとともに。

人はふと孤独を感じてしまう

私が特に印象的で溢れる涙を
止められなかったシーンがあります。

それは
二番目の秋に訪れたお客さんだった親子です。

両親のすれ違いで母が突然いなくなり
離婚したことを知らされなかった女の子ミクちゃん。

家に帰っても、ホテルマンで忙しいお父さんの
帰りは遅く、いつも一人。

空っぽのお皿をテーブルに並べて
お母さんが作ってくれた
かぼちゃのポタージュを思い出します。

ひょんなことで
ミクちゃんとお父さんは
カフェマー二にそれぞれ訪れます。

そして
りえさんは、俯くミクちゃんに
かぼちゃのポタージュをふるまうのですが
お母さんを思い出してしまうミクちゃんは
いらないと帰ってしまいます。

そんな姿を見た、りえさんと
水縞くんはミクちゃんとお父さんを
お店にこっそり呼んで
温かい晩ごはんをふるまうことに。

最後に出てきたのは
かぼちゃのポタージュでした。

「おいしいね。でも違う」
「本当はお父さんと泣きたかったんだ」

そうミクちゃんは本音をもらし
お父さんもごめんな…と
そっとミクちゃんの手を握ります。

そしてちょっと悲しくも温かい
アコーディオンの音と水縞くんが
持ってきた焼きたてのパンの香りが
漂ってきて…

ふたりはそのパンを分け合って
かぼちゃのポタージュとともに
最後の一滴まできれいに平らげていました。

ミクちゃんもお父さんも
それぞれに孤独を感じていたのだと
思います。

どんなに願っても
以前のような家族3人の笑顔は
もう帰ってこなくて
ふたりっきりになってしまった寂しさ。

学校では友だちと何食わぬ顔で
笑うミクちゃんが家に帰ると
一人でもうそろうことのない
3枚の皿を眺めて俯いている。

そして
お父さんも仕事の休憩時間に
カップラーメンを一人で
すすり、ため息をつく。

聞きたいけど言えなくて
言いたいけど言えなくて

一緒に生活しているのに
まるで遠い他人のような
父と子。

そんな親子が
カフェマー二での時間で
分かり合えて「絆」が生まれた瞬間
涙が止まりませんでした。

実は
私も母子家庭で育ちました。

それもこの父子と同じで
母からは離婚してことを
知らされませんでした。

だから
父はいつか戻ってくると信じていたし
待ち続けました。

私の父も料理が上手で
特に忘れられないのが
オムライス。

バターが香ばしく効いた
ふんわり卵のオムライス。

いつもケチャップで
名前を書いてくれて

「おいしいね」って
食べたこと。

でも
最後にちゃんと会えたのは
小学生の時。

中学生になって以来
一度も会えず、そのまま
月日だけが流れ大学生のとき
亡くなったことを知らされました。

小学生のミクちゃんと
いつかの自分が同じようで
胸が痛くなりました。

母は朝から晩まで働いて
帰りも遅くて。

私には妹がいたから
いつまでも泣いてちゃだめだと
気を張っていたものの

やっぱりぽっかり空いた穴は
小学生の自分にとって大きくて
深くて怖かった。

父の面影をさがしていたんだなと。

そうやって
父を思い出すたびに
「孤独」を感じて苦しんでいました。

今までは、無意識に父に関してのすべては
触れてはいけない話題で
ミクちゃん親子と同じように
私と母ともどこか距離があったように
思えます。

一緒に暮らしているのに
心はどこか遠い、そんな感じ。

でも

大学生になって
亡くなったことを知って
5年という歳月が流れた今
母とは父を「思い出」として
話せるようになりました。

本当にばかな父親だったわ
料理はもうそれはおいしかったな。
もったいないな!と母。

私もほんとだよね、そう
笑って話せている今がある。

「孤独」

それが、母と子の間で
消えてなくなったのでした。

人はふと孤独を感じることが
あります。

誰かとうまく分かり合えなかったり
喧嘩してしまったり
疎遠になってしまったり

そして
寂しくなって
心ここにあらず、そんな
気持ちになることも多いと思います。

自分も今話してきたストーリーの
ほかにも今までたくさんそんな
出来事がありました。

学校で
仕事で
家庭で

でも
実際には一人じゃなくて
絶対に近くには誰かがいたこと。

そんな存在を忘れてしまっていました。

近くにいる誰かと
分かり合える努力をしてこれたんだろうかと
ミクちゃんとお父さんを見て過去の
自分に問うてみました。

できてなかったこともあったなと。

「しあわせのパン」がつなぐ温もり

またいつか

「孤独」

を知ったとき
思い出そうと思います。

それは

「近くにいる誰かを大切にしたい」

ということ。

そのためにできることは
この映画が教えてくれました。

それは

「おいしい時間を共有する」

ことです。

おいしいものを食べているとき
人は満腹感・充実感を得ることが
できて、幸せホルモンが出ると
言われています。

そんなリラックスした状態で
話をすることでぐっと相手との
距離が縮まります。

そこで
色々な話をしてみる。

自分のこと
悩んでること
聞きたいこと
今日あったうれしいこと
悲しいこと、大変だったこと

なんでもいいんですよね。

そして笑い合いながら
おいしいものを食べて
おいしいね、って言う。

当たり前のようで
できなかった日もたくさん
あったから。

泣きながら、怒りながら
食べる食事はやっぱり辛くて
味がなんにもないように。

だから

りえさんと水縞くんが
食を大切にしていて
仲間を大切にしていたように

私も忘れないように
側にいてくれる人を大切に
したいと思いました。

きっと自分は誰かを照らす存在になれる

太陽は月を照らして
月は夜を歩く誰かを照らしている

人はみんな「ひとりじゃない」
そう思います。

孤独に苛まれているときは
見えていないかもしれない。

時々

自分は何のために生きているんだろうと
ぽっかりと思うことがあります。

なんか寂しいなって。

でもきっと大切な人と
笑い合うためだなと思うんです。

母、夫、息子、結婚して遠くに行った妹
数少ない友だち、SNSで出会った人たち

自分の人生には絶対に誰かとの
かかわりがあって、ひとりじゃないし
ひとりでは生きられないなと。

支えてもらってるし
少しは支えてあげられてるんだと思う。

人生は長いようで短い。

自分の存在意義を見失うことも
あったけど、そんなことは
思わなくてもいいってこと。

どうせなら笑って生きたい。
大切なみんなと。

周りとの関わりを大切にできる
自分でありたいと思った今日でした。

PS

焼きたてのパンやおいしそうな食事
そして北海道の移り変わる四季。

春は柔らかな風が吹いて
夏にはたくさんの鮮やかな野菜たちが
収穫できて
秋には稲穂、小麦や木の実が揺れて
冬は煌めくまっしろな雪が降り積もる

そんな四季を楽しむ
りえさんと水縞くんの毎日が
たまらなく素敵でいとおしい
そんな映像でした。

いつか私もこんなカフェを
作って誰かを癒せる場所を
作りたいなと思わせてくれました。

今日はさっそくつられて
パンを作ってしまいました。
すぐ影響される(笑)

焼き上がりの立ち込める
あの香りが今から楽しみです。わくわく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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